基本情報
※ゲーム上、比較的あたりさわりのない情報です。
最初に結婚した夫と別れ、遠い島からこの盆地の町場に移ってきてもう随分たつ。
ホレシュとの出会いは、1年ほど前だった。
盆地の北西、ゼレシュク・ポロウ区域のおよそ半分を網羅する地図帳を完成させたホレシュを、領主である貴族は褒めたたえ、豪勢な晩餐会に招いたという。
町場の一等地にある会堂でおこなわれた宴に遅くまでつきあわされたホレシュは、外れにある自宅には戻らず、私の営む宿にて束の間の逗留をすることになった。
「著名な先生が寄ってくださるなんて光栄ですわ」
「いえ、そんな大層なものでは・・・」
酔いざましに注いでやった水を、ホレシュはにこやかに受け取った。
「それに、まだ盆地中央以外は地図にされていない場所も多くありますから。
もっと仕事に励まなければ。娘との文通に、情けないことは書けません」
「まあ、素敵ね」
その時にはもう、彼のことを好きだったのだと思う。
衣服越しでもわかる鍛え上げられた肉体。それに似合わぬ紳士的な物腰。
年季を重ねつつも端正な面立ちには知性と熱意がみなぎっていた。
昨日の昼下がり、私は町場の外れにあるホレシュの住まいを訪ねた。
以前に夕食に誘われて以来、何かと理由をつけて屋敷へ顔を出すようになっていた。もう若くないのに生娘のような恋の熱にうかされる自分が恥ずかしくもある。
商店で見つけた上質な絹のスカーフ。鞄にひそませたこの贈り物が今回の口実だった。
交友のあまり広くないはずのホレシュに、少なくとも知人として親しく接してもらえていることは、私にとって十分に甘美なよろこびである。
地理の調査のために留守にすることも多いためか、門前に広がる庭の手入れはいきとどいていない。屋敷正面の玄関を閉ざす鉄の扉はいかにも重厚だが、相変わらず錠は錆びついていて役割を果たしていない。地図に熱中しがちなホレシュらしいとも言える。流石に不用心だから、鍵の修理をすすめるべきかもしれない。
薔薇の刺繍のスカーフを、喜んでくれるだろうか。はにかみを抑えて扉をくぐる。
しかし、1階の応接の広間にいたのは見知らぬ青年であった。
「あら、先客がいらっしゃったのね。私はシリーンと申します・・・」
「ファリドです。自分も今しがた到着したばかりで・・・お留守でしょうか」
ホレシュの姿は見えない。2階の書斎にいるのだろうか。
「あなたもホレシュ先生のお知り合いかしら?」
もしかしたら地図の仕事に関わる者かもしれない。機先を制して質問をなげかけてみた。
「ええ、ここへもたまに。先生とは南のルビヤ・ポロウ区域で知り合いまして」
ファリドは広間の壁にかかっている書きかけの地図のうちの一枚を指さした。
隅のほうに小さな地形と地名が、ホレシュの筆致で書き記されている。湖のようだ。
「まさしく、あそこの図にも載る『薔薇の舞う湖』のほとりですよ」
そうか。青年は多分、ホレシュが地図を作るため出向いた先で知り合ったのだろう。
そう考えた途端、自分のもってきた贈り物が場違いに思えてきた。
ホレシュは野を駆けるたくましい測量家だ。社交界で見栄を張る男などではないのだ。
旅路で汗を拭うのに、うわついた刺繍のスカーフを使うはずがない。
「そうなのね。・・・あ、私はただ少し立ち寄っただけですから、これで・・・」
自分はなんと卑しくて、厚かましくて、愚かな女なのだろうか。
私は羞恥にはりさけそうになる心を抑えて、屋敷から足早に立ち去った。