あらすじ
もともと、このポロウ盆地一帯はひなびた僻地であった。
とりたてて優雅な風景も、さしあたって便利な要所もない。
蕁麻(いらくさ)の茂る谷あいに、ぽつりぽつりと集落が点在するのみであった。
事情が変わったのは20年前。
とある気ままな地方貴族が、この盆地の開拓と整備に乗り出してからだ。
彼はあまり働かず、家来たちが代わりに働き、下人たちはそれよりも更に働かされた。
なにはともあれ。一団が入植に励んだ甲斐あって、今や盆地中央にはささやかな賑わいの町場ができあがっている。
周辺からの移住も着々と増える今日、ポロウ盆地はさしずめ小さな自治領とも言えよう。
さて。これまでもこれからも盆地の開拓にあたって必要不可欠なものがあった。
それは土地をよく知ること。つまり、地図である。
そこで活躍したのが、有志の測量家たちだった。
中央の町場のあれこれで手いっぱいの領主の一団に代わり、測量家たちはポロウ盆地のはしからはしまで東奔西走。
川、林、谷、道、集落・・・多くの地形と地名の情報をかき集め、地図帳を製作した。
社会への貢献のため。測量家としての誇りのため。
そしてもちろん、地図帳と引き換えにもらえる領主からの報奨金のため。
ポロウ盆地は広い。いまだ地図帳に載らぬ場所もまだまだ残っている。
ここ数年は、金貨を稼ぐために盆地を駆けまわる測量家志望の若人も多くなった。
しかし。そんな新参者どもにおしもおされぬ偉大な測量家がいた。
それが此度(こたび)の事件の被害者、ホレシュ氏である。
南のルビヤ・ポロウ区域、東のバガリ・ポロウ区域、北西のゼレシュク・ポロウ区域・・・
彼はいくつもの辺境地へ足を踏み入れ、羊皮紙に筆を走らせた。
調査、計測、製図、提出、また調査、計測、製図、提出。
続々と描きあげられる何冊もの地図帳は領主たちにも好評で、ホレシュ氏はめっぽう重宝されていたのだが・・・。
とにかく。彼は死んだ。
「みなさんご存知のように、昨晩、ホレシュ先生のご遺体が発見されました」
話しているのは、町場でおこる事件の捜査を任される年配の審問官だ。
「場所は、ご自宅の書斎。死因は、左側頭部にうけた殴打。
ご遺体の近くには、血痕のついた陶器の花瓶が落ちていました。凶器でしょう。
部屋じゅう荒らされていましたし、おそらくそこで殺されたと見て間違いない」
審問官は、木格子のむこう側の4人の男女を見やりながら続ける。
「先生の家の近くには、足の不自由なご老人が住んでいましてね。
そのひといわく、昨日、窓の外から見かけたのはあなたたち4人だったそうです」
4人は、ほとんど牢獄と言ってもいい尋問室にて粗末な椅子へ腰かけている。
「すみません。本来ならひとりずつ取り調べるべきですが、なにぶん忙しくて。
どうでしょう。おたがいの証言を照らし合わせて犯人をはっきりさせませんか」
右隣の別の尋問室であがる声が、4人のいる部屋まで響いてくる。
「あたしが盗人だって言うの!?」
「おいおい、正直に認めたほうが楽だぞ」
激高する被疑者の声。なだめる若い審問官の声。
建築が度をこして質素であるせいだろう。問答は壁越しにつつぬけである。
「ああ、隣がうるさくて申し訳ありません。領主様は開拓のほうにご関心が強くて。
ここの設備や人手には、やすやすと金貨が回ってこないのです」
年配の審問官は白髪頭をさすりながら言い訳がましくぼやく。
「ま、とりあえずみなさんの知ることをつきあわせてみてください。
おたがいをうたぐりあって結構ですよ。わたしも適当に口をはさみます」
審問官は4人に有無を言わせず喋り終えると、最後に疲れをにじませて嘆息した。
「拍子のわるい事件です。・・・我々もホレシュ先生へ報告したいことがありましたのに」