「わたしの推理をきいてください」
談義の落ち着いた尋問室で、年配の審問官はゆっくりと口を開く。
「・・・2階の窓は侵入するには困難です。しかし、犯人はそれを割った。
なぜか。簡潔に考えれば、盗みに忍び込んだからでしょう。部屋には金貨も残っていませんでしたからね。
そしておそらく、ホレシュ先生を殺したのは、階段を上ってきた彼と鉢合わせしてしまったためだ。
凶器の花瓶は書斎にもともとあって、とっさに使ったものでしょう。殺しが目的なら、もっとましな凶器を持ってくるはずですから。
・・・まあ、そうすると犯人はホレシュ先生の知人ではなかったと考えるべきです。
屋敷に出入りする人間なら、鉄の扉がさびているせいで鍵がかからないことはもちろん知っているでしょうから正面の玄関口を使う。そもそも、先生の留守を事前に確認するなどの準備をするでしょうね。
どう考えたって、ガラスを割る音をたててまで侵入する理由は乏しい。
・・・ですから、やはり犯人はホレシュ先生の知人ではないとわたしは確信しています。
その犯人は、忍び込んだのが先生の屋敷だとさえ知らなかった可能性もある。
ここで、みなさんにあらためてお尋ねしたい。本当に先生のお知り合いですか?
ホレシュ先生とはどこで?どこで出会われたのですか?
それらしい話をつくろうために、あり得ない嘘を喋ってしまった方がいませんか?」
一方。4人の右隣の尋問室では、決着が着こうとしていた。
「あり得ない嘘を、お前は喋ってしまったんだよ。
数週前、ホレシュ先生が旅路でひったくられたと証言していた地図についての事件。
その犯人はお前だろう?」
「・・・どういうことよ、何でそう言いきれるのよ!」
「ホレシュ先生は、ご自身の未発表の地図が誰かに盗まれたときのことを考えて、ある対策をしていた。罠を隠すんだ。地図の中に」
「・・・え」
「盗んだ者がそれを自作であると偽って領主様に提出した時に、盗用が発覚するようにしていたのさ。職務上、俺たち審問官はその秘密を知っている」
「・・・何を言って」
「罠とは、『薔薇』の名を冠する存在しない土地だ」
太く、厳しく、力強く、声は響いている。
「ホレシュ先生のしあげた地図にはどれでも、存在しない土地が意図的にまぜられている。
たいていは片隅のほうに、ひっそりと。だから先生から地図の情報を盗んで模写するような人間は、存在しない土地までもそっくりそのまま写してしまう。気づかないうちにな。
・・・先日、お前が提出したこの地図帳には、『薔薇の踊る崖』という土地があった。
目を通した領主様は不審に思って俺たちにそれを伝えた。捜査するように、と。
つまり、こういうことだ。
すべての『薔薇』の名を冠する土地は実際には存在しない。だからこそ、それらの載る地図が偉大な測量家ホレシュの作であることの証明になる。
もちろんこれは、領主様をはじめとする一握りの者しか知らない秘密だ」
「・・・」
「さっきお前は『薔薇の踊る崖』を実際に登ったと、そう答えたよな。
それによって、お前がホレシュ先生の地図を盗用したことは完全に裏付けられた」
「・・・くそ」
「昨日、裏取りのため、この『薔薇の踊る崖』があると記されている地点へ出かけてみた。
崖なんてなかったよ。ただの原っぱだった。もちろん薔薇もない。
その付近に住む人間も『薔薇の踊る崖』なんて聞いたことがないと言う。
お前が本当に自力で地図帳を作ったのなら、『薔薇の踊る崖』なんて場所は地図に載らなかった。・・・しかるべくして、お前の嘘はあぶりだされたんだ。
考えてもみてくれ。蕁麻(いらくさ)だらけのこの盆地、薔薇の花いっぱいの小洒落た風景がそこいら辺境にあるはずないだろ」
「くそ・・・何よ・・・ホレシュにとって『薔薇』は、嘘の象徴だったっての?」
「・・・あるいは、存在せぬものに想いを巡らすための言葉だったんだろう」
このあと、稀有の測量家の殺害について真相が暴かれるかどうかは定かでない。
犯人たる青年は、疑惑をかわした先にある希望をつかみ取るのかもしれない。
盆地の人々は此度の事件について心を痛めるだろうが、それも一時のことだろう。
さて。交友の広くなかったホレシュ氏の葬儀はごくささやかに執りおこなわれたという。
その唯一の肉親である愛娘は、手厚い治療も空しく、すでに遠い地で病死していたらしい。
だから、現場の屋敷が整理されて見つかったのは、どれも半年以上前に交わされた文通の便箋である。
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